病院に連れていった日
母が生きている頃、私は母と同じ和食料理やさんで働いていました。
母は昼番、私は夜番だったので一緒に仕事をすることは稀でしたが、たまに私が昼にかり出される事がありました。
家では何もしない母でしたが、仕事中の母は客観的に見ても、良くできる人材だったと思います。
最年長でありながら、後輩に慕われ、嫌な仕事を率先してやり、人一倍動くというイメージでしたね。
すごいなーというのが率直な感想です。
そんな母と久しぶりに一緒に仕事をする機会がありました。
還暦を過ぎた母には少し、疲れが見え動きが鈍ったなという感じがしました。
私は
「パートナーが私だから今日は良いけど、もう少し動かんば、一緒に組むの嫌がられるよ。」
何も気づかなかった私は そんな事を母に言ったと思います。
母は黙って笑っていました。
それから1か月たった頃でしょうか。
母は仕事を休みがちになりました。
いよいよ歳だな・・
「疲れるのはわかるけど、急に休むと店長のシフト調整が、大変だから早めに言ってあげてね。」
当時、私の役職は《若女将》だったので、疲れきっている母にこう言わざるをえなかったのです。
突然、本当に突然、母は観念したように
「病院に連れていって。」
と一言呟きました。
「えっ?!・・あ、いいよ。いつ?」
「あんたに合わせる。」
母は淡々と答えました。
ということで、2日後、病院に連れていきました。
足が動きづらいと言っていて、お店の中でもリウマチじゃないかなという心配の声がありましたので、内科の中でもリウマチを専門にやっている病院を選びました。
3日間、仕事を休んだ母は玄関を出るときに晴れているのにも関わらず、雨傘を手にしました。
傘・・・いるかな。
タクシーに行くまでの下りの階段で母は何度も休みました。
思った以上に足が弱っていて、うまく歩けてない印象でした。
雨傘は、杖。
杖がないと歩けないの?
そんなに具合が悪かったの?
途中、救急車を呼ぼうかとも思い提案しましたが、母が近所の人の目を気にして、頑なに拒んだので ゆっくり、ゆっくりと2人で階段を下りました。
近所の人から声を掛けられると
「筋肉痛よー。ダメね、年取ったら。」
と、笑いながら母は答えていました。
病院に着いて、私は少しホッとしました。
今まで1度も病院に行ったことがない母にとって、よい健康診断にもなるし万が一入院になっても母は今まで働きづめだったので良い休養になるだろうと、思っていたのです。
母が診察室に呼ばれました。
程なく、病院内がざわつくのを感じました。
何かあったのかな・・母かな・・
待合室の私に向かって
「ミネさんのお嬢さんですね、お母さんは今日から入院して検査をしますからね。」
看護師さんからそう言われ、母のもとへ行くと母は車イスに座っていました。
ニコニコ笑いながら、
「あんた、今日はゆっくりして。明日入院準備してから来てくれんかね?」
と少し突き放す様に言われました。
「今日は?今日はもういいと?」
「今日はもういい。先生に準備するもの聞いて、明日来て。仕事休ませてごめんね。
今日はゆっくり寝て、明日来てね。」
「ってか、ママこそゆっくり寝てね。」
という会話をして私は病院をあとにしました・・・
あとにした・・というか、帰らされた・・という感じでした。
『用事がすんだら帰って!』
みたいなね、なんだか寂しいような、虚しいような・・そんな帰路でした。
でも、無理をしていた母が病院で療養するのは喜ばしいことだとも思っていました。
還暦過ぎてはじめてのメンテナンスかー
と。
1日目はそんな感じでしたね。
それでも母は笑っていました。